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大阪地方裁判所 昭和48年(わ)1857号 判決 1974年5月08日

主文

被告人を懲役八月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年六月末ごろから、昭和四八年四月一七日までの間、兵庫県西宮市津田町三番三七号の田中敏男方において、回転弾倉式改造けん銃二丁および火薬類である実包一七発を法定の除外事由がないのに、同人に保管させて、これを隠匿所持したものである。

(証拠の標目)<略>

(訴訟の経緯)

検察官は第四回公判(昭和四九年一月二二日)期日において、別紙のとおり予備的訴因の追加を申立てた。

(本位的訴因を認定した理由)

第一前掲証拠によるとつぎのような被告人の具体的所為が認められる。

一  被告人は、山口組系桜井組若頭補佐の地位にあつた昭和四五年六月末ごろの午後七時過ぎごろ、兵庫県西宮市津田町四番三号の桜井組事務所に居合せていたところへ、同組代貸・茂幾行美から「けん銃一丁と弾丸を手に入れたのでそつちに持つて行くからお前預つておけ。一寸表に出ていてくれ。」という内容の電話を受け事務所表外に出ていると、茂幾がやつて来た。二人は近くの津田公園におもむき、そこで茂幾から本件けん銃二丁と実包一七発を別々に包んだハンカチ包を受取つたのであるが、その時、茂幾から「お前ちやんと預つとけや。一丁は弾が出にくい。」と言つてけん銃などを手渡された。

被告人は、昭和四三年一月一八日神戸地方裁判所尼崎支部で兇器準備集合等の罪により懲役一〇月に処せられ、昭和四五年七月八日確定した刑について服役せねばならない状態にあつたが、代貸という組幹部の言うことでもあつたからむげに預ることを断わり切れなかつた。そこで一旦は預つたものの自ら隠匿保管することにためらいを感じ、茂幾に電話でもつて「自分の家に置くわけにいかんから田中のところへ預けるから。」と伝え、同日の午後八時ごろ、桜井組事務所から一〇メートル位離れた西宮市津田町三番三七号に居住する同組の自動車運転手兼会計係の田中敏男方を訪ね、同人に茂幾から預つた本件けん銃と実包の包んである白ハンカチ包二包を差し出し「代貸から預つたちやか(けん銃)とこども(弾)だが俺も近く刑務所へ行かんとならんので預つてくれ。」と言つて田中に隠匿保管を頼んだところ、田中は、これを承諾し自宅の洋服ダンス抽出の下に隠匿した。

被告人は約一ケ月後の八月一日から大阪刑務所において前記確定判決の執行を受け翌四六年四月三〇日に仮出獄となり翌五月一日大阪刑務所を出所した。

二  ところが、昭和四七年二月二二日、桜井組八尾支部木下組員が大和奈良組系田中組の者に斬られるという抗争事件が勃発し、翌二三日には大津市内のホテル紅葉において、神戸山口組系小田秀組・組長小田秀臣と京都中島連合会二代目・中川組・組長高山登久太郎の盃ごとが行われ、桜井組長桜井隆之が盃ごとの見届人の一人として出席することになつていた。被告人は右抗争の波及が組長にまで及び、紅葉に出席する桜井組長に万一の事がおこつてはいけないと憂慮する余り、二三日朝桜井組事務所で組長に同行する組員福山昭春に対し「万一の場合、親分の身を守るために田中に預けてあるけん銃を持つて行け。」と命じると共に、事務所にいた田中に対し「前に預けていたけん銃と弾を持つてこい。」と命じた。

そこで、田中は、被告人から先きに預つて自宅に隠匿保管していたけん銃と弾を取りに自宅に帰り、けん銃一丁に実包を装填し、これを白ハンカチに包んで組事務所まで持参し、被告人はこれを受取り、福山に渡したけれども、福山昭春は田中から「うちがやられた方なのだから、大和奈良の方からはこれ以上仕掛けてくるような事はないと思うし、警察の検問等に引つかかると困るからけん銃は持つて行くな。」と諭され、ハンカチに包まれたまま受け取つていたけん銃をそのままの状態で、桜井組事務所玄関の下駄箱横の野球道具等が入つている箱に隠して、田中の運転する車に乗車して桜井組長に随行した。

桜井組長に同伴した田中がホテル紅葉から事務所に帰つてみると、ハンカチに包んだけん銃が下駄箱のところにあり、被告人からけん銃は事務所にあるから、また預つてくれと言われていたのでハンカチ包みのけん銃をそのまま家に持ち帰つてタンスの抽出の下に隠匿保管していたところ、昭和四八年四月一七日茂幾が田中方を訪ね「吉田にわしが預けお前の保管しているピストルを出せ、本来なら吉田がそうすべきだが俺が警察へ持つて行く。」と本件二丁のけん銃と一七発の実包を返すように求めたので、田中はこれを茂幾に手渡し、茂幾は翌一八日大阪府曾根崎警察署に持参して警察官に対しこれを任意提出した。

第二銃砲刀剣類等の不法所持の罪にいうところの所持とは、物を自己の支配し得べき状態に置き、その支配関係を持続する行為であるところから、不法所持罪はその所持の開始からその終了までを一罪として評価するいわゆる継続犯であり、そのために、その継続期間中他の者が不法所持罪に加功することができる。そのため所持の態様も自らが事実上支配し得る関係にあることを必要とするけれども、自らでなく、他人に保管を託して間接に支配関係を持続してもよいし、二人以上の者がそれぞれ意思を通じ合つて銃砲を自己らの支配し得る状態において所持することも可能なのである。また、間接所持、共同所持においては、所持者において、それぞれ銃砲の保管隠匿場所を意識している必要はなく、客観的な支配関係が認められる限り、その所持は依然として継続しているものと解されるものである。

第三そこで、これらの関係を本件について考察するとき、本件けん銃二丁および実包一七発の所持者茂幾行美はその保管を被告人に依頼し、被告人はこれらをさらに田中敏男に保管を依頼して手渡し、田中敏男がこれを隠匿保管したものであるが、被告人は田中敏男に隠匿保管させたに止まらず、仮出獄後の昭和四七年二月二三日桜井組事務所において田中敏男に対し、けん銃に実包を装填して持参するよう命じており、この事実からしても、被告人が昭和四五年六月末ころ田中敏男に本件けん銃・実包を託し、田中敏男においてこれらを隠匿保管している間においても所持の意思は継続しているというべきであり、被告人がそれら物件を自己の支配下においていたものと解するのが社会観念に適合するものと思料され、被告人が昭和四五年八月一日から昭和四六年四月三〇日までの間大阪刑務所に服役している事情はあるけれども、前記認定のような動機のもとに田中敏男に対し保管を依頼している事実、被告人と田中敏男の組内における地位関係からするとき、他に特段の事情の認められない限り、服役をしていた前記期間中も、客観的には本件けん銃・実包に対しての被告人の支配関係は消滅せず、その所持は継続しているものと解するのが相当である。

(累犯前科)

被告人は昭和四三年一月一八日神戸地方裁判所尼崎支部において兇器準備集合、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の罪により懲役一〇月に処せられ、右裁判は昭和四五年七月八日確定し、昭和四六年五月三一日その刑の執行を受け終つたものであつて、この事実は前科照会書によつて認められる。

(法令の適用)

判示事実のうち

1  けん銃不法所持の所為につき

包括して銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の二の一号。

2  火薬類である実包の不法所持の所為につき

包括して火薬類取締法二一条、五九条二号。

科刑上の一罪の処理。

刑法五四条一項前段、一〇条(重い拳銃不法所持の罪の刑で処断)。

刑種の選択。

懲役刑。

累犯加重。

刑法五六条一項、五七条。

(累犯関係の有無について)

本件の罪数について、主位的訴因を認定した理由において叙述した見解を採つた場合、最初のけん銃不法所持行為に着手した当時に全体としての不法所持罪の着手があつたと見るべきであるから、その最初の所持の始められた当時、いまだ前刑の執行を受け終つていなかつたことが明かなことから、たとえ、その後、右所持の継続中に前刑の執行を受け終つたとしても、全体として再犯の要件を具えていないから累犯関係は無いものと解する見解もあるけれども、刑法五六条一項にいうところの「罪ヲ犯シ」というのは、「犯罪の実行行為をし」という意味に解すべきところであるから、累犯関係の有無は、前刑の執行を終り、または執行の免除があつた日から五年の期間中に、犯罪実行行為をしたか否かを基準にして決すべきものであるので、五年の期間内に犯罪行為の着手があつたか否かのみを唯一の基準にして決すべきものではないと思料せられる。

そうすれば、前記認定した事実関係からするとき、これが右にいう「罪ヲ犯シ」の要件をみたすものであることが明かとなる。

よつて主文のとおり判決する。

(重村和男)

(別紙)

被告人は法定の除外事由がないのに

第一、昭和四五年六月末ころから同年八月一日までの間、兵庫県西宮市津田町三番三七号田中敏男方において、回転弾倉式拳銃二丁および火薬類である実包一七発を同人に保管させてこれを所持し

第二、昭和四七年二月二三日から昭和四八年四月一七日までの間、前記田中方において、前記拳銃二丁および実包一

七発を同人に保管させてこれを所持したものである。 以上

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